2016年 10月 11日
小言おばさんのほんのつらつら(C日記③ 75日め) |
あー、どうしてわたしはこんなに、気がつけば朝で、時間がないのかと思うけど、ぼーっとただしている時間が長いからだろう。8月のあたまから、あんなに病んで肝に銘じたはずの、好ましくない食習慣。たった2ヶ月でだいぶ元に戻りはじめて、朝方に布団の中で、わたしの場合は胃腸に嵌まっている悟空の環っかが、お前そろそろ言うぞ!! 、いい加減にしろよ!! 、とじわじわと締め付けをはじめた。ははーっっ!! 、ともうわたしなどは素直に、自分の懲りなさを恥じ入るとともに、何か見えない存在のこれまでの、その寛大さやご慈悲には、ひれ伏す気分にしかならない。これはほぼ誇張ではなく、ほんとうのほんとうの話。
ネットとかで調べてみないので、もしかしたら不正確かもしれない。最近また時々思い浮かぶ歌詞がある。
♪
人には黒く見える烏が自分には白く見えてしまい
黒く見ようと努力したのに
人は大声で言ってくる
♪
中高の頃、年子の妹がさだまさしのファンで、ファンクラブに入ったり、アルバムを必ず買ったりしていた。わたしも必然的に聴いたり、わりに真面目に思いが綴られたという印象が残る、アルバムのライナーノーツも好んで読んでいた。中学の部活の練習の時には、いつもつるんでいた同期が歌好きで、ランニングしながら、ストレッチしながら、しょっちゅう何か歌っていた。それで耳から覚えてしまった一曲が無縁坂(※最初に精霊流しと書いたのは勘違い)だった。さだまさしなら一番好きな曲はそれかも。たまに関白宣言は鼻歌に出るときがある。秋桜は百恵ちゃんだ。群ようこさんのかなり若いころ読んだエッセイでは、すごく俗物さが強調されて書かれていたのも、意外だったが印象から離れない。最初そんな感じで自分の中に入ってきたので、九州出身で、子ども時代からバイオリンを学んで、それには挫折があってとか、同じ音楽の道に進んだ妹さんがいて、家族の結びつきも深そうだったとか、何となく背景に想像つくとこはある。ライナーを読んでたから、作家としての活躍も何となく、自然の流れなのかな!? とは思う。ちゃんと読んだことはない。原作になった映画の眉山はかなり好きだけど…。
この歌詞とメロディは何でか分からないけど記憶に残り、あの頃とはまた別の意味もあって、今は思い出すのかもしれない。目の奥が熱くなる時もある。最近ネットニュースや文春に象徴される事柄への、世論の論調を知ると、それについて周りの人が言うことを聞くと、同じように思うときももちろんあるけど、なんか自分にはそぐわぬ感じを抱くこともよくある。ゲス何とかの人を今さら何で急に言うのかなとか。よく読ませてもらうブログの書き手さんが、最初の頃に何でもいいけど、バンド名がいけないよ、みたいに言っていた。わたしもそうだと思った。もうそれがあの人の全てな感じする。
一個人の思うことだけど、勝手なことを書きました。不快に思うかたには失礼しました。今日のところはこのあたりで。読んでくれたひとにはほんとうにありがとう。新しい日が、みなさまにもわたしにも、それぞれにまたよい日になりますように
by 828summer
| 2016-10-11 19:20
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