2016年 05月 24日
The biggest and hopefully final battle(C日記② 37日め) |
今日は実はタイトルに示すだけで精一杯。疲れちゃって、あまりのカルチャーショックに、まだ書く気にならない。
いつか書いたことのある、このスピ系のブログはだいたい数日おきには、覗くことが多い。今日の記事。
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http://s.ameblo.jp/lifeshift/entry-12163557130.html
わたしは告白すると、子どもの時から、どっか変わり者で、ピントがずれてるところがある(みたい)。あるときに急に全否定されることが、過去に少なくとも二回はあった(今日で三回め)。小学校の時、ある頃は毎日一緒に帰っていたH子さん。大学の時のM子ちゃん。わたしがありのまま、思ったことを、気を許して出していると、知らず相手の地雷を踏んで、積み重ねていたのか。不快さを先に表して欲しかった。相手がある日、豹変するまで、それをはっきり表すことがないので、ずっと気づかずに地雷を踏み続けているようだ…。傷つける気はないのに、最後は酷いことを言われて吃驚する。それに限らずに、根っこにトラウマか何かあり、わたしは、そんな自分が人にあるがまま受け入れられることに、全く自信がない、おっかなびっくりなのも事実。なのに鈍感なところがあるから始末がわるい。いっそ突き抜けてたらよかったんだが…。
でも今回さすがに学習した。わたしと同じようなところがあると、これを言っても通じると分かるまでは、不用意なことはもう、ゆわない。それと上のブログ。今日のを帰りの電車で読んだときに、リアルタイムなゲンナリのわたしの気分にすごくフィットして、下支えしてポンプアップされた。確かになー!、と思った。自分はそんな程度の人間だ、嫌われなければ御の字という、わたしの他者への基本姿勢は、まさしくその通りで、概ねかなり低い自己評価でできている(裏返しの妙な根拠のない、自信めいたものがアンバランスにあるのも認める)。それを意識して、これからは改めようかと思った。そう思うセルフイメージに、相応しいものを人は引き寄せるなんてことがあるなら、わたしが引き寄せているものはやはり鏡だからね。みんな誰だって、そう思って良いんだよ!、(だからわたしもそうして悪くないはず)ってところを拠り所に、自分をそうされたいようにされる価値がないなんて、そんな考えは変えよう。こういうのを観念要素の更改というのだと思う。読んで25年くらい経って実感されてる。天風先生座談 by 宇野千代。生きる刹那刹那の感情の、ディレクションを正しく調節していくことも、大切だと言ってた覚えある。健康も運命も満ちたりてなければ、ほんとうに生きているとは言えない。そのためには…って、中村天風さんの哲学、天風イズムの一部らしい。悩み悩んでは30年以上過ぎて、ようやく実感で理解されだし、効いてくるんだから、きっと無駄じゃなかったんだね。
全編チェンジ日記になった。今は「鬱屈精神科医、占いにすがる」春日武彦著(太田出版刊)を読んでいる。自分と違うところもあるが、似た種類の人間だと感じるところが多い。案外、人間って、きっと多くは不格好でこんななんだよね。
アリオのキャンペーンのピンクのシール。最終日の今日、欲しかった十枚になった。みんなだいぶよたってきていたバスタオル、安くなっていた今治タオルのものを二枚買ってゲット。これで狙っていた、割引価格で買えるオファーがあった、NARUMIのカフェ丼セットが買える。早く買いに行こうっと。
今日のところはこのあたりで。読んでくれた人にはほんとうにありがとう。今日なども付き合ってくれたなんて、わたしはほんとうに感謝に尽きませぬ。新しい日がまた、みなさまにもわたしにも、よくありますようにとこころから。お休みなさい
by 828summer
| 2016-05-24 20:12
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